Candy Floss 02
「うん。先生に食べさせてもらうなんて、贅沢で、夢みたいです」
「そっ、そっちですか?」
「…飴、噛んでもいいですか? もう一個だけ」
「あっ、ああ、そんなにガリガリ噛んで。ちょっと待って、待ってて下さい、
久藤くん」
図々しいんだか、必死なんだか分からない久藤くんのお願いに、それでも私
は乗せられて慌てて駄菓子の袋を引っかき回した。確か、あれが……。
「こっ、これ」
袋入りの綿菓子。交の明日のおやつの予定の。
甥には申し訳ないけど、これなら腹にもたまらないですし、また買ってきて
あげれば良いのです。
久藤くんは何とも形容し難い表情で、私を見上げて微笑んだ。
「嬉しい。先生、食べさせてくれるの?」
「…くっ、久藤くんは、赤ちゃんみたいですねっ」
私は照れ隠しに頬を膨らませて、久藤くんの頭を軽く、ぺしんと叩いた。
久藤くんは正座の私の膝に頭をすり寄せて、珍しく「えへへ」と恥ずかしげ
に笑うのでした。
その頭を膝の上に導いて、私はパステルピンクに色付けされた綿菓子をひと
摘み、千切り取って、久藤くんのくちもとへ。
「ん…。飴より甘いです…」
久藤くんは幸せそうにもぐもぐと口を動かす。
「そりゃあそうですよ、砂糖のかたまりなんですからね?」
「うん。先生」
久藤くんは腹を空かした雛鳥みたいに、ばかりと唇を開いて待っている。
今にもぴいぴいと鳴きそうな一途な瞳で私を見て。
私は慌ててもうひと摘み千切って、久藤くんのもとに運んだ。
久藤くんは私の摘んだ餌にかぶりつく。
私の指先をかすめる彼の唇。
次をねだる彼の視線。
繰り返されるフェザー・タッチ。
今どきの男子ならば、いくら甘党と言っても綿菓子など半分で充分でしょう。
私だって試しに全部食べてみたら辛かった。
こんなに小さなパッケージなのに、綿菓子は、ぱんぱんに詰まっているので
す。だのに、口の中は相当甘ったるくなってるのでしょうに、彼は欲しがるの
を止めないのでした。
触れては離れる久藤くんの舌と唇。
私は彼の愛撫を思い起こして、心の中を震わせる。私の左手はいつの間にか
膝の上のちいさな頭に勝手に伸びて、彼の髪を梳いていた。
最後のひとかけを口に含んだ久藤くんは、手を伸ばして、引こうとした私の
指先を捕まえた。
そして、名残惜しげに、唇を寄せ。
「先生の指も甘いね…」
私の指をちゅう、と吸う。指に残ったざらめの甘さを、舌で全部舐め取って
いく。柔らかい彼の舌。私の秘密を総て知っている彼の唇。彼の温かい口腔の
中に引き入れられて。優しく舐められて、私は心だけじゃなく、身体も震わす。
はしたなく、身体が燃える。
だけども、苦笑を浮かべて言ったのは久藤くんだったのでした。
「……ごめん。先生、降参します」
「久藤くん……」
夜気に当たった指先が急速に冷えてゆく。
「キスしてもいいですか?」
私は、ただ、頷くしかできなかった。
半身を起こした彼と正座のまま屈んだ私とで、あまい甘いキスを交わす。
私の指をしゃぶったその舌が、私の口の中にあってだいぶ小さくなっていた
飴を奪っていった。
取り返そうと頑張ったら、彼は器用に躱しながらも、私を存分に蹂躙して、
そっと唇を離した。
「この飴、ほんとに美味しいですね?」
「もぅ…。久藤くんてば、全部盗るつもりですかぁ」
「うん。先生がくれるものなら何でも。って、さっきも言いましたよね?」
「だったら、今の飴、返して。あれ私のです」
「もう食べちゃいました」
「ひどい」
私は後ろ手に駄菓子の袋を隠して言った。
「もう、きみにはお菓子はあげませんから」
久藤くんはさっきまでは可愛い羊だったのに、狼の顏になって、囁くのでした。
「じゃあ、先生は? 先生が欲しいって言ったら、下さいますか?」
答えは決まっているのに、そんなこと。
「私は、ずっと前から久藤くんのものですよ?」
欲しいなら、いくらでも。
俯いて、そう答えた。
END