Candy Floss
20090418 Yuzuru Masaki.
寝ついて間もなく目覚めてしまった。
あいにく起き出してきたのは私だけだから、「またする?」なんて言われる
ことも、言うこともなくて。少しばかり残念。
健康的な寝息を立てている久藤くんを前に胡座をかいて、思案する。
さて、どうしましょうか。
情事の名残りで身体は怠い。この甘い気怠さは酔いに代えてしまうには勿体
ないし、仕事なんて論外だ。でも、ほんの少し、物足りない。
飴でも舐めようか。
昼間、駄菓子屋で交と私のおやつを買い求めていたのを思い出して、茶箪笥
の上の缶から、昔懐かしい茶色のセロハン封筒に入れられた菓子を持ち出して
きた。寝床に戻って、そこから量り売りの素朴な飴を取り出す。
ざらめがまぶしてある、色とりどりの中からオレンジ色のを選んで口に放り
込んだ。歯に当たって、からころと音がする。
そうして口の中でも甘さを味わって、久藤くんの寝顔を眺め続けた。
良く眠っている。こうしていると彼は年相応のあどけなさで、先程の交わり
など冗談のように思えてくる。けれども、それに罪悪を覚えることも、不安に
感じることも、今はもう無い。
それほどには身体を重ねて来ているのですから。
或る日の会話を思い出す。
「久藤くんは、狼の皮を被った羊です」
「それを言うなら、先生なんか、狸の皮を被った小羊じゃあないですか」
ふふ。
私は迷える小羊。
久藤くんは、賢くて、勇気ある優しい羊。
狼などひとたまりもない。
言葉遊びに興じながら、互いを確かめ合う夜。
彼の秀でた額には、きっと黄金の卵が詰まっていて、その唇から金色の言葉
がほろほろと生まれてくる。私は、その頭蓋を断ち割って輝くその知識を手に
入れたいとさえ思うのでした。
けれどアヒルは二度と卵を産まないのだし、私が彼の脳髄を啜っても、彼の
ようになれはしない。
そんな夢想に浸っていると、寝返りを打った彼が、ばたりとこちらへ顏を向
けた。薄く開いた唇から、薄桃色の舌がのぞいている。
私はふと悪戯心が沸き上がって、黄緑色の飴をひとつ、取り出した。
飴を含ませたらどうなるかしら。
寝ながら、舐めるかしら。
だけれど、わくわく考えながら久藤くんの鼻先に近づけたところで、迷いが
生じた。梅干しを舐めたまま寝入ってしまった人が、酸で歯のエナメル質を溶
かされてしまった実話を知っているし、だいたい、甘いものを口に入れていて
は、普通に虫歯になってしまいます。万が一、喉に詰まらせでもしたら、それ
こそ取り返しがつきませんもの。
「それ、頂けないんですか?」
「えっ、あ…、起きたんですか、久藤くん」
久藤くんは片目で私を見て「お菓子の良い匂いがします」と微笑った。
「先生。飴、ボクには下さらないんですか?」
そして久藤くんはもう一度私に言った。
私は悪戯を見つかって、どぎまぎと言葉も見つからないと言うのに。
「ほ、欲しいんですか?」
「うん。先生がくれるなら、何でも頂きます」
「おっ、大袈裟ですね。じゃあ……はい」
私は摘んだ指先を、そろそろと久藤くんの唇に近づけて。
久藤くんは、あーん、とその唇を開いて待つ。
彼の唇が飴を飲み込む瞬間、離した私の指先。
柔らかく湿った彼の舌と唇の内側が指に触れて、すぐ閉じられた。
「あまいです」
久藤くんは寝ころんだまま満足そうに飴を口の中で転がして、嬉しそうに言
うのでした。
「虫歯になっても知りませんよ」
「先生だって舐めてるじゃないですか」
「そうですけど…」
「懐かしい味がします。残念。飴じゃなかったら、おかわりお願いできたのに」
「気に入った。んです、か?」