NOVEL.01 よわのねざめ

   よわのねざめ 【夜半の寝覚】   20081128 Yuzuru Masaki.

 

 

 夜半すぎ、ふと目覚めて、望は布団から這い出した。

 傍らでは准が安らかな寝息を立てている。

 17歳の、まだあどけない寝顔だ。

 少し寒いけれど、そろそろと襖を開けて、素足のまま部屋を出る。

 起こさないように静かに廊下を歩いて、台所まで。

 

 からり、と食器棚の上の戸棚をあけて、酒瓶を取り出した。

 長兄が誕生日祝いに寄越した純米酒だ。

 描く画はどうでも酒の趣味だけは飛び抜けて良い。

 教員の身ではありつけない旨い酒だから、ちびりちびりとやっていて、もう半分。

 瓶のままラッパ飲みしようとして、思い直す。

 

 食器に凝る趣味はないから、ただのコップだけれど。

 なみなみ注いで、音を楽しむ。

 ガラス越しの透明な色を楽しむ。

 コップの縁に口をつけて、芳純な香りをまず楽しむ。

   ふう…」

 強烈な喉越し。

 清冽な酒気。ぴりりと締まった香りが鼻に抜けて、心地よい酩酊を誘いこむ。

 胃の腑に落ちた液体が体中に熱を運ぶ、その奏でに耳を澄ます。

 

「先生、眠れないの?」

 小声で問われて振り向くと、望の寝巻きを借りた准が、所在なげに立っていた。

「ああ…起こしてしまいました?」

「寒くて目が覚めたんです。そしたら先生いないから」

 小さい電灯だけを点した台所に、望の気配を探して降りたのだ。

「……どこにも行きませんよ?」

「うん…」

 分かっていても不安だ、と俯く准に向けて、望はやわらかく微笑んで。

 流しに寄り掛かって、准を隣へ招き寄せた。

 目線を同じにしてから、ついとそらす。

 頬が赤い。

「目が覚めたらきみが寝ていて、嬉しくて……」

 だから呑みたくなったんですよ、と続けて、コップを揺らす。

「先生だけずるいですね」

「ふふ。だめですよ。未成年でしょう」

「先生、こんな時だけ」

 准は口を尖らせる。

 その未成年と褥を共にしている貴方はなんなんですか、と呟く。

「仕方ありませんね。ちょっとだけですよ?」

 望はくいとひと口、酒を煽って、ちょいちょい、と准を指で招き寄せる。

「?」

 戸惑いながらもコップを受け取ろうとした、その瞬間。

 いきなり、くちづけた。

 重ね合わせた唇から、准の喉に酒が流し込まれる。

「!」

 ごくり。

 飲み下して、焼かれた喉。

 准は盛大に噎せて咳いり、呆然と口にした。

「からっ…!」

 望は辛口の酒が大好物だ。最初は和装ならば日本酒だろうと呑み始めた酒だけれども。

 年を追うごとに、味わいが深くなった。

 酒と、生クリームのたっぷり乗ったケーキがあれば最高だ。

 つまみにチョコレートがあれば何時間でも呑み続けていられる。

 酒好きが辛党だと言うのは、嘘だ。

「うふふ、お子様ですねえ」

 してやったり、と望は笑った。

「先生、酔ってます?」

「だって、酔わずにはいられないでしょう?」

 幸せすぎてこわい、なんて、口が裂けても言えない。

 そんな陳腐なせりふを吐きたくなるなんて、絶望的だ。

 望は准にしなだれかかって、けらけらと笑いをこぼす。

 本当に酔っているのか、疑わしい。

 しかし、准にはこんな機会を逃す術はないのだった。

 

 だから聞く。望の耳に唇を寄せ。

「ボクまで酔わせて、どうする気ですか?」

 望はうっとりと微笑んで答える。

「決まってるでしょう。夜はまだ長いんですよ?」